散文
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「いつか無くなるものを求めちゃいかんのだよ。
無くなるものは、求めるためではなく、
そいつで遊ぶために、この世にあるんだからな」
(『セフティ・マッチの金の言葉』より)
だいたいこういう「格言系」はニガテっていうか嫌いだけど、
久々に、ああ、これわかるなぁって、おもった。
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私自身、そして私と周りを接着するものに対して、
今までで一番真摯に考えている。
疑って、信用して、離れて考えて、感じて、泣いて、笑って、冷静に我に返って。
てきぱきと作業しながら、ぼーっとしながら。考えている。
考えて、どうなるの。
どうなるの?
大体真面目なことが美徳なのはせいぜい15歳くらいまでじゃない、
それを過ぎたらこう言われるだけ、「ねぇなんでそんなに真面目なの?」
わたしはこの世界は崩れることを強く望んでいる、
そのため私はここを出なければならない。ふたたび。
あの時、私はなぜ軽々とここに来れたのだろう?ああ、もう止めた!だなんて。
四年は、永過ぎたのかもしれない。
あぁ、
まだそんなこと言っているようじゃ、書く価値はないよ。
ここんところ、新しい文章が次々と浮かんできては消える。
気が向いて書いてみると、じつにつまらないものが出来上がったりする。
今まできれいな文章を書こうとしてきた。
着飾って、気障で、かっこいい何かを表そうとしてきた。
自分のちいさな世界で格好がよくても、
他から見てみると断然みすぼらしくて、やめた。
そういうの、もうやめた。
と思ってから大分経つけれど、やっぱりあんまり見栄えしない、かわらない。
もっともっと脱いで脱いで、どうせ脱ぐなら徹底的に。
でも本音とか実態を書いても、果たしてそれに価値があるほど私は面白い「大した」人間なのかといわれれば、それも全く自信が持てない。
物書を書く人というのは誇大妄想狂だ。
しかし素晴らしい人というのはそこには何かがある。何か。
それがあるひとって一線超えてる気がする。
気が向いて書いてみると、じつにつまらないものが出来上がったりする。
今まできれいな文章を書こうとしてきた。
着飾って、気障で、かっこいい何かを表そうとしてきた。
自分のちいさな世界で格好がよくても、
他から見てみると断然みすぼらしくて、やめた。
そういうの、もうやめた。
と思ってから大分経つけれど、やっぱりあんまり見栄えしない、かわらない。
もっともっと脱いで脱いで、どうせ脱ぐなら徹底的に。
でも本音とか実態を書いても、果たしてそれに価値があるほど私は面白い「大した」人間なのかといわれれば、それも全く自信が持てない。
物書を書く人というのは誇大妄想狂だ。
しかし素晴らしい人というのはそこには何かがある。何か。
それがあるひとって一線超えてる気がする。
このごろ、またどんどん変わっていく自分を実感する。
物事の見方を変える、というのは新しい世界を開いていくみたいに気持ちが良い。
またそれが自分の中で定着したら忘れてしまうんだろうけれど。
人というのはそんなに簡単に変わったりしない。
人、という言い方が悪ければ、自分、だ。
もともとの性質というのは意外としつこい。
だから、たまに新しい風が吹いた時にきちんと記しておくと、
未来で救われることがある。過去の自分に。
私が独り言を残しておく理由としては、それが一等最初なのかもしれない。
物事の見方を変える、というのは新しい世界を開いていくみたいに気持ちが良い。
またそれが自分の中で定着したら忘れてしまうんだろうけれど。
人というのはそんなに簡単に変わったりしない。
人、という言い方が悪ければ、自分、だ。
もともとの性質というのは意外としつこい。
だから、たまに新しい風が吹いた時にきちんと記しておくと、
未来で救われることがある。過去の自分に。
私が独り言を残しておく理由としては、それが一等最初なのかもしれない。